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勝手に脳内補完  ~八木修氏の試練~
2006-12-13 Wed 10:31
いろんな雑誌やペーパーなどで
キャストの面々(主にK氏ではあるが:笑)が取り上げられてるようですねー。
もうもう、なんだかみんなメジャーになっちゃって。
お母さんは嬉しいよ。

まあでも、
やっぱりわたしの牙狼<GARO>の原点は
25話分のTVシリーズだったりするので、
ガロスペ直前だからこそ
そっちも大事にしていきたいと再確認する今日この頃です。


さて。
こないだの重箱9話のところで。
カオルに絵の修復を依頼した幼稚園の園長:八木氏について
ちょろっと触れましたが。

どうにも、彼はただ
「絵が古くなった、壊れたから」修復しようとしたのではなかったのじゃないかと。

「あなたでなければダメなんです」
自分は未熟だからと、
修復の以来を断ろうとするカオルに告げる八木氏の言葉。
その顔は、
ただ絵を直そうとしている人の顔じゃないなと思うのです。

由児の娘であるカオルでなければ直せない、ということは。
八木氏にとって、ここにあるべきものは
由児の思いの詰まったこの絵でなければいけないなにかがあるわけです。


随分と古ぼけた壁画、
しかも、制作者の縁(ゆかり)のものを探してまで、
どうして彼はあの絵を、元に戻そうと思ったのか。


以下は毎度お馴染み、わたしの勝手な脳内補完です。
長いじょー。
お嫌な方は、スルー願いますね。






20年近く前に、先代八木氏によって創設された仮称:八木幼稚園(笑)。
創設されたということは、
先代八木氏にとっても、幼稚園運営は初めてのことのはず。

どういう経緯で幼稚園を作ることになったかまでは思い及ばないですが。
わたしの知ってる幼稚園では、土地の相続対策とか
無駄な土地を作らないためとか、
不動産絡みで作られることも多いようですよ。
純粋に「児童教育に携わりたい」という動機から
幼稚園や保育園が作られることって少ないみたい。

園舎作り、スタッフや園児集めなど
恐らく先代八木氏は雑務に忙殺されていたことでしょうね。
もちろん、家庭を顧みることなど二の次になっちゃうわけです。

そのころ、修少年は中学生くらいかな~。
思春期まっただなか。
いつも忙しそうな父の背中を見て、例にもれず父への反発を抱いていくわけですよ。
ついでに、お母さんなんかも、もしかしたらお金の工面なんかで
いろんな方面で苦労していたかもしれない。
修少年には、幼稚園経営=父の道楽のように写っていて、
そんな父に振り回されて苦労する母が不憫でならないのです。

で、そんな息子の反感がわかってはいるものの、
実際問題目の前にある雑務もこなさなきゃならないし、
こっちもお約束どおり、素直な父親ではなかったのでしょう、
息子との溝が深くなっていくんです。
なにか、父親らしいことをしてはやれないだろうか・・・。
と思いつつも、何も出来ないまま
時間がだけがすぎていくのでした。


そんなとき、ふらりとやってきたのが、
誰であろう、御月由児氏であります。
由児も、魂を寄せる場所を探してさまよっていたのであります。

先代八木氏と由児、
大事なものになにかを伝えなければ、と心に秘める父二人。

「ここに絵を描かせてくれ」と頼む由児。
一心不乱に絵筆をふるう彼の背中を見て、
八木氏も、なにか同じものを感じたんでしょうね。
もしかしたら、わずかな休憩のあいだに
お互いの身の上話なんかもしてたかもしれない。
関係ない人にほど、
そういう話が出来ることってありますよね。

溢れるほど家族を愛しているのだけど、
なかなかうまく伝わらない。
同じ感情を共有する八木氏と由児。

妻に、娘に、そして息子に。
あの壁画は由児の思いだけでなく、
いつしか、八木氏の思いさえも込められるようになったのでした。

そして出来上がる女神像。
八木氏と由児の溢れる愛を受けて、
それはそれは暖かい微笑みをたたえた女神。

その後、二人は2度と会うことはなかったと思いますが、
二人は満足だったことと思います。
ですが、それが本当に伝えたい人に伝わるには、
まだまだ時間を要するのですが。

初代八木氏が、高齢かなにかの理由で園から退きます。
園長室の壁に3枚の写真がかかってるのを見ると、
初代のあとに、2人の園長がいたのが推測されます。

そして、園運営のバトンが修氏に回ってくるわけですが。
なんとなく、
修氏ははじめっから教育畑にいたわけではないような気がします。
父を反面教師として、
普通のサラリーマンとかをしていたんじゃないかな。

で、この辺はほんとに勝手な考えなんだけど、
初代は修氏に園を託して亡くなったかなーと。
(まあ、相続とか贈与とか、
そういう面もあったかもしれないけどね)

修氏は、はじめは勝手に押し付けて!と父に反発すると同時に
戸惑うわけですよ、自分に何が出来るんだろうと。

ついでに、昨今の小子化の影響などで園児が不足し、
園経営が切迫してきたり。
苦労してまで幼稚園など続ける必要があるんだろうか、
いっそ手放してしまえば楽なんじゃないか。
修氏の頭を、そんな考えが掠めていきます。

その頃、園舎の一室にある女神像の劣化が激しくなってきます。
剥げ落ちた壁材で子どもが怪我をしてもいけないし、
修氏は修復をしようと思うのですが。

そこで、女神像の資料をさがしていたかなにかで
ふと、メモ書きや日記のようなもので
父の思いに触れる機会があったんじゃないかな。

あの、ぼろぼろになった女神像に、
父の家族への思いが込められていたなんて。

もしかしたら。
あの女神像が以前のきらめきをとりもどしたら、
自分ももう一度頑張る気力が出てくるかもしれない。

ですが、女神像にそれほど思い入れがあったわけではない修氏。
実は全体像はほとんど覚えていないのでした。

どうにか。
どうにかして、あの女神像を復活させることはできないだろうか。
修氏は模索するのです。

その中で、
あの女神像の作者である御月由児氏に娘がいたことを知ります。
しかもその娘が絵の道に進んでいると。

彼女になら、あの絵をもとに戻すことが出来るんじゃないか。
あれがもとに戻ったら
自分の「内なるなにか」を掴むことができるのではないか。

なにかにすがりたかったのかもしれない修氏は、
必死にカオルを探し、
そして壁画の修復を依頼するのでした。

そして会ったカオルは、
「父は家族よりも自分の道を優先していた」と、
自分と同じような思いを父に対して抱いていた。

ああ、この人を探し出したのは間違ってなかった。
修氏は思うわけです。

「あなたでなければだめなんです」
あの言葉は、修氏の心の叫びだったのでしょうね。
その修氏の熱気が届いたか、
カオルはその依頼を受けることになります。

途中、絵の修復を投げ出したカオルだったが。
「内なるなにか」を掴もうと、
もう一度父の残した絵と向かい合い、
結果、見事に女神をよみがえらせたのでした。

完成の場に駆けつけた修氏の、
満足気な笑顔が印象的ですね。

あの絵と父の思いに支えられた修氏になら、
試練を乗り越え、内なるなにかを掴むことができることでしょう。



うわーーーー
またなんて長い自己補完!
ほんと、これは9話見たときから、
ずっと頭にあった自分的外伝という名の妄想でございます(笑)。
いつか形にしたかったー。

ちなみに、
ノベライズ牙狼のなかで、
わたしが一番好きな話が「旅人」なんですが。
そのなかで、御月由児の作品のコレクターである
某幼稚園の園長という人がでてくるんですが。
「紳氏」と表記されてるんですよねー。
修氏は、「紳氏」って感じじゃないいんだけどな~。
だからと言って、初代八木氏という考えも、
時間列からちょっと無理があるかなー。
しかも、切迫した幼稚園経営者が
美術品のコレクターってのも(苦笑)。

なので、わたしの脳内補完のなかでは、
ノベライズの紳氏=園長先生と修氏は別人だということで~~。

ノベライズと自己補完を折り合いをあわせようとするのは
なかなかむじゅかちぃです。

いつもながら
激:長文にお付き合いくださり感謝感謝
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